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ドイツ:裁判官が、アフガニスタン人の公判時にキリスト十字架像を法廷から取り除く

ドイツ・バイエルン州は、以前からイスラム移民に譲歩していたのです。

シリア人2百人を受けいれる施設周辺の子供たちの保護者へ、学校がレターを出していました。(2015年夏)

「シリア人はほぼムスリムでアラビア語を話します。彼らは独自の文化を持っていて、女性の肌が見えるような服は顰蹙を買うので、慎み深い服装でいてください。肌があらわになる服、ショートパンツやミニスカートは誤解を招きます。じろじろ見たり、写真を撮ったりしないでください。軽蔑や差別的な発言は許されません。」こんな感じです。

校長は「2つの文化がここで共存してくことを保護者に思い出させるのは自分の責任」だと述べていました。

この時すでに、文化(服装)を制限されるのはドイツ人の方だったわけです。

 

内務大臣がイスラムの休日をドイツの祝日にしようと提案したり(昨年10月)、

バイエルン州のルーテル教会の司教がイスラムを全学校で教えるべきだと言ったり、

ムハンマドという名前の赤ちゃんが大幅に増えていることなどを考えると、バイエルンの裁判官の行動は、ドイツ的にはそれほどおかしくないのでしょう。

 

Mohammedという名前が、ドイツの人気赤ちゃん名ランキングで、10年間で97位から26位になりました。これにはMohamad、 Mohamed、 Mehmetなどは別名扱いとなっていますので、実際にはもっと上位でしょう。オーストリアでは国全体で5位でしたが、同じ意味の別綴りを入れると3位になりました。(BREITBART)

 

四角02

 

ドイツ バイエルン州の裁判所で、アフガニスタン人(21歳)の裁判中は掲げてある“キリスト受難の像”(キリストが十字架に磔になった像)を法廷から取り除くように判事が命じました。

 

NEWSGerman judge removes cross during trial of Afghan migrant, faces backlash

 25 Jan, 2018 RT(ロシア・トゥディ)

https://www.rt.com/news/416930-bavaria-cross-courtroom-removed-muslim/

 

 

この被告は、同胞のアフガニスタン人がキリスト教に改宗したので殺すと脅迫した罪で裁判にかけられたのです。

 

被告アフガニスタン人は、しかし、「法廷内に十字架がかかっていても気にしない。」と言っているのです。

彼は、アフガニスタンでタリバンに父親が脅迫されたのでドイツまで逃げてきた、自分は(イスラム教の)信者ではない、キリスト教徒の友達もいる、と言っているそうです。パンダ残念

 

裁判官が忖度したんでしょうか?

被告にというより、勢力拡大中のムスリムに、又は難民好きドイツ人に?

 

十字架撤去命令を出した裁判官は、Klaus-Juergen Schmid(シュミット)氏といいますが、彼には抗議のメールがたくさん届いています。

 

 

しかしシュミット氏はこういうことを言っています。

そもそも法廷内にキリスト受難像を掲げるという法律はない。

アフガニスタン人被告に対して、ムスリムとクリスチャンとの軋轢は判決に何の影響も与えていないということを示したかった。十字架の下で判決を下すのは適当でないと考えた。

 

更に、シュミット氏はもう法廷にキリスト受難の像を置きたくないと言いました。

「公判中に判事が十字架もヘッドスカーフもつけないことにバイエルンの裁判法が変わった後では、法廷内に宗教シンボルがあることが正しいとは思いません。」

 

四角02

 

一見正しそうにも見えます。共産主義者の考えにも近そうです。

 

多文化主義を貫くなら、こういう考えになるのも当然です。

ドイツの土地はたまたま今クリスチャンが多いけれど、ドイツの土地はドイツ人のものでもなく世界中の誰もが自分の文化を守りながら暮らす場所、だから伝統というのは多数派の横暴。

 

先祖たちが子供のために、孫のためにと思って大事に慈しんできた国土と伝統と風習を、あっさりと捨てるわけです。

今自分たちが比較的裕福に暮らせるのは先人たちの努力のおかげですが、その恩も感じません。

ドイツの気候風土に合った生き方が出来るのはドイツ人です。熱帯や砂漠の人間では感性が違います。

 

四季がある先進国はより頭を使います。これは私の経験から感じたことです。

もうすぐ冬が来るから準備が必要だ、春には種をまかなくては冬食べ物が無くなる、暑さにも寒さにも耐えられる家が必要だ、衣服も暑さ寒さに合わせて変えなくてはいけない、など。

人間はたくさんの試練を与えられて創意工夫をしていきます。自然災害もそうです。

人種や民族ごとに違うのは長い年月をかけてその場所に適合したからであって、別の場所に行けば劣ることだってあるのです。

乾季と雨期、動物の移動、砂嵐の時期を熟知して適応している人もいますが、その人が四季のある先進地域に行って通じるかというと無理です。逆もそうかもしれませんが、四季のある国の人は似たものを知っていて適応が上手いのです。応用、機転が利くのです。

 

「郷に入っては郷に従え」これが出来ない移民は単なる侵略者です。

新しい風が進歩を呼ぶこともありますが、それはあくまでもその場所の人が参考にしてその人達が取捨選択するべきものであり、強制的(政府による移民政策やヘイトスピーチ規制などで自国民の反対の声を弾圧すること)に他から変化を迫られるものではないと思います。

 

先祖から何も受け継がずに、民族の集団も解体して、全員が同じで競争を始めるというのでは、もはや人間ではなくて卵からかえる爬虫類です。

そして、特に日本人が忘れてはいけないのは、日本人が害もないヤモリゲッコーだとすると、外国人達はワニこんばんワニだったりすることです。道徳観や掟がそのくらい違うんです。叫び

 

 

 

 

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