記事一覧

「イスラム過激派こそが真のイスラム教徒」byイエズス会神父兼学者

ロンドンでまた、今度はムスリムを真似たと思われる非ムスリム側のテロがあったようです。

ラマダン中のモスクから出てきた人々に車が突っ込んで、1人が亡くなり10人が怪我したようです。3人の犯人の内1人が周りにいた人に取り押さえられて警察に引き渡されました。

その48歳の白人の男は、「ムスリム全員を殺したい」と言っていたそうですから、報復でしょう。

 

もしイスラム教徒の国で、少数しかいないキリスト教徒がムスリム対象にテロ攻撃を1度でもしたらキリスト教徒は簡単に皆殺しになっていたでしょうから、そういう意味ではムスリムよりは控えめな報復だと言えますが、それでも新たな段階を感じます。

 

イスラエルとパレスチナ、イスラム社会で起こる日常的な報復テロ、もう外部の人たちには、誰が悪いのかわからなくなっています

そういう状態にロンドンがなってきたという感じがするこの事件です。だから深刻です。

 

たぶんエリートは動機をヘイトの一言で片づけると思うので、ちょっとだけ触れます。(ロンドン橋のテロリスト3人についても彼ら側の背景を過去記事で書いています)

 

先週の土曜日(17日)ドイツケルンで“Not with us”というラリーがありました。

イスラム教徒がイスラム過激派を非難する行進です。当初1万人ほどを予定していましたが結局千人しか来なかったようです。

過去にもこのような試みが欧米各地でありました。

フォード本社があるアメリカのディアボーンは、フォードが呼び込んだアラブ人たちによって既に人口の6割がアラブ系です。そのディアボーンで2015年11月に行われた反ISISのデモはムスリムが100人しか来ませんでした。その少し前に行ったパリのイスラム過激派テロへの抗議には30人です。2015年アイルランドで行われた反ISデモには50人。・・・・

 

欧米人が標的になるイスラム過激派のテロに対して、多数の“穏健派”ムスリムたちが拍手喝さいしているのではないかと、そう感じているのです。実際に9.11テロでも拍手喝さいが世界中のイスラム教徒の間で見られました。最近のテロでも喜んでいる人たちがたくさんいました。

こういう事実を無視して、政府がイスラムを依怙贔屓するならば・・・、

そう考える人が出てくるのは時間の問題です。これが始まると領地を取り戻すまで延々に続きます。

サンドバッグが心地よいのは日本人くらいのものなのです。

 

散々いじめに遭っていた子供が、反撃したら相手が死んで殺人犯になるとか、

攻撃的な認知症92歳隣人老女の嫌がらせに2年間耐え、ついに一発叩いたら転倒させて死なせてしまった事件などが、実行犯だけ責められないのと同じです。(この事件は被害者の息子が、「隣の男性も被害者で、加害者は病気です」と述べるなどして執行猶予付き判決が出ています。)

 

欧州でのイスラム過激派テロはいつからだったでしょうか?大規模テロから日常の犯罪まで、うんざりするほどの長期にわたる侵略行為、こういうことに人間はいつまでも耐えられるものではないのです。

 

民族、宗教、風習が違い、価値観を共有できない者たちが共生”する状態をつくらないこと、同胞だと思える者たちがまず国としてまとまって国が緩衝の役目を果たすこと、これが、個人が安心して暮らせ、社会コストも低く抑えられる唯一の道です。

 

国が国民を守る緩衝の役目を放棄したから、個人同士が私闘を繰り広げることになるのです。

 

国民の構成が種々雑多になることは、国が国民の代表で無くなることで、例えば欧米がアフリカや中東に勝手に線引きした国境線、これによる国家と同じになることを意味します

これらの国の指導者が“国民”全体ではなく、自分の所属する部族、宗教などを保護するのは当然の帰結です。それが人間だからです。いくら建前で正論を言っても心まで変えることは出来ません。

 

よく途上国は汚職が横行すると言いますが、よく見るとそういう構図が見えてきます。本人たちは私たちの感覚で言う“国益”くらいにしか考えていないと思います。

 

だから最近の欧米や日本の指導者は、“国民”全体よりも自分の所属する団体の利益誘導ばかりするようになったのです。

 

ですから、今安倍総理が真似して猛追している欧州の移民国家化は、自らアフリカや中東の絶対にまとまらない紛争国の仲間入りを目指していることになります。


日本の移民受け入れ大拡大政策は今すぐにやめないと、今日のロンドンは明日の日本になります。

 

特にイスラムは定着させてはいけません。

なぜなら憎悪の宗教を持つ社会体制だからです。

ビジネスや観光で付き合うだけにして、定住コミュニティを形成させてはいけない人たちです。

日本は彼らと敵対関係にありませんでした。しかし彼らを呼び込んだことで、少数でも彼ら特有の「特別待遇」を要求し、あらゆる場面で各々がジハドを実践し、日本人と軋轢を生みだすことは時間の問題です。

私たちから見れば「逆恨み」のような理由で攻撃され始めるでしょう。

 

イスラムとテロが無関係ということは絶対にありません。

イスラム教にのめり込むほど過激になることは公然の秘密です。

今回はこのことを述べている記事の紹介です。

 

:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-

National Catholic RegisterのインタビューにHenri Boulad神父が答えています。

 

イスラム教は非イスラム教徒に対する終わりなき宣戦布告なのです。

そして暴力的ジハドを実践する者は、彼らの教義が要求するものに専念している本当のイスラム教徒たちなのです。

 

イスラム教がもたらす本当の脅威を認められない人は、騙されやすく歴史に無知な人なのです。不幸なことにキリスト教会の多くの者たちがこのカテゴリーに分類されます。

 

昨年8月に彼がローマ法王に出した手紙を引用して、こう言いました。

 

開放性、寛容、キリスト教的慈愛を大義名分としてカトリック教会は、西洋を破壊するリベラル左翼思想の罠にかかってしまったのです。

 

このイデオロギーを支持しないものは何でも、ポリティカル・コレクトネスによって直ちに批判されます。

 

Boulad司祭はフランシスローマ法王までもを、罠に嵌ったとして非難しました


『多くが思っています。あなたの姿勢のいくつかはこのイデオロギー(開放、寛容、慈愛)に沿っていること、そしてあなたは自己満足から、譲歩を重ね、妥協を繰り返し、真実を犠牲にしています。』

 

『西洋と東洋のキリスト教徒たちは、事実を曖昧にするかもしれない漠然とした害のない言葉より、何か別のものをあなたから期待しています。

 

西側とその他の世界を攻撃するイスラム教に直面しながら、不面目できまりの悪い沈黙から、もうとっくに出てくるときなのです。

 

イエスは「平和を作る者は幸いです」と言ったのであって「平和主義者は幸いです」とは言っていません。平和は犠牲と代償を厭いません。(法王の)そのような態度は純粋に単純に信仰への背信行為です。』

このように法王に手紙で書きました。

 

そして司祭は更に自分の考えとして、西側は倫理と道徳の崩壊の中にいて、西側社会がイスラム教を守ることは真実の否認だと述べています。

 

『いかなる代償を払ってでもイスラム教を守り、毎日その名のもとに行われる彼らの脅威を無実だと証明しようと探し続けることで、真実を裏切っていることになるのです。』こう書きました。

 

アラーのために世界を征服する際、暴力を用いるようイスラム教徒に呼びかけているコーランの教えを、彼は自身の主張を裏付ける目的で列挙しました。

 

たくさん列挙した教えには次のようなものが含まれています。

どこで見つけても不信人者を殺しなさい(Koran 2:191)

あなたの近所の異教徒たちと戦いなさい (Koran 9:123)

機会が得られれば、どこで捕まえても異教徒を殺しなさい (Koran 9:5)

イスラム教を批判したら、異教徒を不具にする程虐待し磔にしなさい(Koran 5:33)

不信人者を、炎の服、かぎ状の鉄棒、熱湯で罰し、皮膚と腹部を溶かしなさい (Koran 22:19)

コーラン以外の聖書を信じる者を脅迫し首を刎ねなさい(Koran 8:12)

 

Boulad神父は、西洋が馬鹿正直にイスラムを扱うことを非難した最初のイエズス会神学者ではありません。

昨年、ジョージタウンのJames V. Schall神父が、もう何十年にも渡って、学生たちが、正直なイスラム教の神学と歴史を取り除いた教育を受けさせられたせいで、世界で何が起きているのか評価する能力を制限されていると主張しました。

 

彼のエッセイ「現実主義とイスラム教」の中で、イスラム教はその歴史全部が、実際にそして潜在的に暴力的であり、この方法(暴力)をとる根本的な理由は、“アラーの法に従う”という宗教的なものによると述べています。

 

「ですから、西洋がイスラム教徒の暴力を単純に「テロリズム」と呼ぶ傾向は、時に自分の命を投げ出してアラーの意思を遂行していると信じているイスラム教徒を侮辱していることになるのです。

 

この教育の空白地帯のために、再び世界に姿を見せた力に直面する術をほとんどの市民が備え付けていないのです。」

このようにその著書には書かれています。

 

「これらは政治的には正しくないと言われるかもしれませんが、言う必要があります。それらは実際に真実なのですから。

イスラム教徒も非イスラム教徒もそれらを聞いて考える必要があります。

このようにSchall神父は言っています。

 

波線END

 

Jesuit Scholar: Islamic Extremists Are the True Muslims16 Jun 2017 BREITBART

 

:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-

 

前提が大間違いのとき、まず間違いを認めなければ、絶対に問題は解決しないのです。

それとも、誰かにとって今の状態こそが目指したものなのでしょうか?ガクブル

 

 

関連記事
スポンサーサイト

プロフィール

nasturtium123

Author:nasturtium123
こちらはアメブロ版(お気に入りから行けます)のバックアップでコメントは受け付けていません。

操作未熟のため失礼があるかもしれません。<(_ _)>

FC2カウンター