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コモンズ(共有財産)を商品化するグローバリズム。コモンズは営利企業に売り渡してはいけない。

たぶん民進党議員というだけで嫌われていると思いますが、私は以前から、 しのはら孝衆議院議員が、反グローバリズム、反TPP で論理的な解説をしてくれていると思っています。

 

今回はそのブログ記事からの紹介です。ぜひ全文矢印をご覧ください。

 

ブログ反グローバリズムのはしりだった海洋法条約 -里地・里山・里海の日本型思想が持続社会を造る- 16.07.26

 

 

何でも自由にする方向へ動く世界ですが、漁業だけは逆へ向かっているということです。

その考え方がコモンズ全般に適用されることで、持続可能で地域が廃れない、長期的視野に立った生き方が出来るのではないかという趣旨です。

 

内容を少し紹介します。

 

世界中が、貿易も人の交流も通信も何もかも「自由」を前面に出すルールが定着しつつある中、今から20年前の1996年7月20日海洋法条約が発効しました。

この時をもって海については、自由を閉鎖する時代に突入したことになります。

 

篠原議員は当時、「水産庁の企画課長(海洋法対策室長)としてこの条約の批准、そして排他的経済水域の設定、海洋生物資源の保護及び管理に関する法律をとり仕切った。」ということですから、誰よりも内容と意図を熟知していると思います。

漁業の世界では、沿岸国の権利が絶対視され、200海里内の漁業の権利は一般的に沿岸国のものとされ、自由に漁業活動できるのは公海だけとなった。ところが、公海の漁業もサケ・マスは母川国の権利が重視され、マグロや鯨は資源保護の観点から制約がかかり環境へのダメージが大きい流し網漁業等は禁止されることになった。

つまり、航行の自由を除けば、制限される方向に舵取りしたのである。

しかし、大半の人はこの変化には気付いていなかっただろう。

 

海は誰のものかという議論は、結局資源は誰のものか、世界の国々を律する共通のルールという根源的な問題に行き着く。結論は、全てが人類共有の財産(Common Heritage of Mankind)であり、今や人間だけのものでなく、地球の全生物のものである

 

世界の海洋生物資源管理学者から絶賛されたのが、日本の沿岸の漁協中心の漁業権漁業であり、日本漁民の自然との付き合い方である。世界の多くの国々で資源を枯渇させているのに、日本沿岸漁民は自らを律し、産卵期には漁をせず、禁漁期を設け、ずっと持続的漁業をしてきたのである。

 

篠原氏が目指すのは・・・

環境保全型農業、低成長型社会への転換

アンチグローバリズムであり、成長至上主義への決別です。

 

外部の者は、魚を取れるだけ取り尽くし、いなくなればまたほかの漁場へ行く、しかし、他へ行くことのない地元漁業者ならば、いつまでも魚がとれるように丁寧な漁業を行います。

 

九州の農民作家、山下惣一の『タマネギ畑で涙して-タイ農村ふれあい紀行』(1990)を読んで、私も涙した。東南アジアに進出した日本の企業が、連作障害を知らない現地の農民に日本に輸出するタマネギを作らせ、数年経って森林は消え、農地が荒れて使いものにならなくなると、他の農村へ移っていくことが刻明に書かれている。残された農民が生きるすべを失う哀れな姿が目に浮かぶ。今、需要があるから作り儲ける。あとはどうなっても知らん顔。こんなことが許されていいはずがない。

 

タイの農村で起きていることが、日本の農山漁村の行末と重なってくる。

 

日本の知恵で守ってきた持続的漁業や持続的農業が、時代遅れのグローバリズムや競争原理で壊されようとしているのである。

 

EUの共通EEZのために乱獲を繰り返す他国の漁船に歯ぎしりしていたイギリスの沿岸漁民は、EU離脱を喜んでいるでしょう。

 

それよりも前にノルウェーは、漁業の共通水域を嫌ってEUには加盟していない

自分たちのことは自分たちで決めていく、独自性を保つ姿勢を貫いている。

行きすぎた自由主義、グローバリズムの問題に早く気付いて方向転換したのは、実は漁業の世界だ。

 

<里地・里山・里海vs.経済至上主義>
沿岸海域も農地も森林もそこに住んで生活している人以外に手を出させてはならない。そして今、日本では里地・里山・里海なる言葉が生まれている。
この経緯をみれば、いかに宮城県知事(※)や財界農政が目先の利益にだけに走り、長期的視点に欠けているかわかろうというものだ。

 

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※宮城県知事が、震災後の漁港統合と合わせて、地元とは無関係な資本に漁業参入をさせようとしていることを指しています。(疲弊した被災地に特区を利用して自由化をせまるもの)

 

 

漁協にも問題はあるのでしょうが、その解決策として外部資本導入というのは間違いだと私は思っています。

参照:漁業権開放の是非─ コモンズ論の視点から ─京都大学名誉教授間宮 陽介

 

「取れるだけ取って、後は野となれ山となれ、自分は別のところに行く」

鉱山開発なんかはそうなるのでしょうが、そこでいつまでも自然の恵みを得られるなら、生産を持続できる考え方をしないといけないのです。

農林漁業の分野で、「取り尽くして、次のものを強奪に行く」、というのはまさに中国です。

日本のグローバリストは中国共産党と同じ倫理感と価値観を持っているのでしょうか?

 

 

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