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ドイツ:カール神聖ローマ帝国初代皇帝ゆかりのアーヘンの広場が「モスク広場」に改名された!

ドイツ西部アーヘン(Aachen)の名前の由来は「鉱泉」、フランス語名は「礼拝堂の泉」です。

アーヘン市には「皇帝の大聖堂」とも呼ばれるアーヘン大聖堂があります。

アーヘン大聖堂は1978年に登録された世界遺産の第1号です。

 

786年にカール大帝がアーヘンの宮殿教会の建設を始め、814年にカール大帝がなくなると、その遺体は大聖堂に埋葬され、現在でもカール大帝の遺骨は大聖堂に保存されています

 

カール大帝は、古典ローマ、キリスト教、ゲルマン文化の融合を体現し、中世以降のキリスト教ヨーロッパの王国の太祖として扱われており、「ヨーロッパの父」とも呼ばれています。

800年にはローマ教皇レオ3世によってローマ皇帝として戴冠され、初代神聖ローマ皇帝と見なされています。

936年から1531年までは、ここで30人の神聖ローマ帝国の皇帝の戴冠式が行われました

 

アーヘン大聖堂 世界遺産オンラインガイドから

 

アーヘンノルトライン=ヴェストファーレン州 ケルン行政管区に属しています。

※ケルンは2015年の大みそかから2016年の新年にかけてアフリカ人やアラブ人ら1000人による集団性暴行事件があり、それを政府とメディアが隠していた、あのケルンです。

 

第二次世界大戦中には連合軍に初めて占領されたドイツの町となり大きな被害を受けました。

デュッセルドルフを州都とするノルトライン=ヴェストファーレン州は人口が1800万人弱、ドイツの国内総生産の4分の1の経済力を持っています。

 

アーヘンについての前置きはここまでです。

 

ダイヤグリーン

 

このアーヘン市の アイレンドルフ( Eilendorf)地区中心にある広場の名前が改名されました。

新しい名前は、“Moscheeplatz (Mosque Square)”=モスク広場(写真下)です。

6月25日(火曜日)に、寛容と結束の重要性を強調するための改名式典がありました。

 

 

広場にはトルコ・イスラム宗教施設連合(DITIB)が運営するアーヘンユヌスエムレモスク(Aachen Yunus Emre Mosque)があります。

ドイツ全土で数百か所のモスクを運営するDITIBは、トルコ政府の管理下にあり、イマーム(導師)の給与はトルコ政府が支払っています。

 

式典に出席した在ケルントルコ総領事は、改名を決定したことよって地元当局は、モスクが調和、統合、寛容、結束、連帯を立派に反映していることを示してくれた、と発言しました。

 

さらに、Ceyhun Erciyesトルコ総領事は、恐怖を通して社会を分断しようとする反ムスリム、反移民の憎悪が増加する中で、「私たちは、恐怖と憎悪に煽られている人々に対して、共に声をあげなくてはいけません。そして今日ここにあるように私たちの友情と連帯を示さなくてはいけません。」と述べました。

 

式典で、メルケルと同じキリスト教民主同盟(CDU)のMarcel Philippアーヘン市長は、ドイツでは通りや広場の名前を変えることは簡単ではないことに触れ、この改名に貢献してくれたすべての人に謝意を表明しました。

https://www.jihadwatch.org/2019/06/germany-district-center-in-aachen-renamed-mosque-square

 

ダイヤグリーン

 

ドイツのモスクについて昨年の報道がありますので参考までに一部抜粋して紹介します。

 

独ケルンの巨大モスク開館式典にトルコ大統領出席、支持者と反対派がデモ(AFP)

2018年9月30日

 

これ(写真下)はケルンに昨年できた巨大モスクです。2007年にモスク建設計画をめぐり論争が勃発しましたが、結局建設しました。

(gooニュースから)

 

トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン(Recep Tayyip Erdogan)大統領は3日間のドイツ公式訪問の最終日に当たる29日、西部ケルン(Cologne)で欧州最大級のモスクの開館式典に出席した。モスク付近ではエルドアン大統領の支持者と反対派によるデモが行われ、警官隊が出動した。

 

ノルトライン・ウェストファーレン(North Rhine-Westphalia)州に位置するケルンには、かなりの数のトルコ民族が暮らしているそのほとんどは1960年代以降、「外国人労働者」としてドイツに移り住んだ人々

 このドーム型のケルン中央モスク(Cologne Central Mosque)は、予算超過などのトラブルを抱えながらも8年間の建設期間を経て2017年に開館したが、正式な開館式典を行っていなかった。開く花のつぼみに似せてデザインされたケルン中央モスクの大きさと、そびえ立つ2本の尖塔地元住民は不満を抱いており、時折抗議デモも行われている。

 

ちなみにスイスでは尖塔(ミナレット)は国民投票で禁止になっています。

 

チーン 

1つの国内で多様性を広げようというのが国民国家から移民受入大国になろうとしているお花畑の発想ですが、それならトルコはどうなっているのでしょうか?

 

地球全体で見ると、イスラムだけが今世界中に広がってその地で根を生やし増えています。

ドイツ人、ドイツ文化はどうですか?ひたすら減っているだけではないですか?

これを続ければドイツ人、ドイツ文化という多様性の1つがなくなるわけです。

 

今は広場の名前がモスクになっただけですが、そのうち国名がトルコになったりしてびっくり

 

 

 

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